カテゴリー「大和魂」の1件の記事

2008年10月12日 (日)

佐渡市長との座談会

佐渡出身の 本間雅晴陸軍中将(1887-1946)の書 「大和魂」については、靖国神社内の 遊就館に展示されることになり・・と以前 記したのですが。

もう一度 おさらいということで。

本間中将は、司令官として フィリピンのバターン半島で、マッカーサーを撤退させたという戦歴を持つ方ですが、

(そのマッカーサーが 「アイ・シャル・リターン」という言葉を残し オーストラリアに逃げたという有名なエピソードがあります。)

 戦後  「バターン死の行進」の責任を 陸軍によってとらされる形で、また時の司令官マッカーサーの面子上、昭和20年 マニラ郊外で銃殺刑に処せられました。

その中将が、昭和15年当時、中国・天津で書かれたのが、その「大和魂」。

天津の野戦病院に勤めていた 日赤従軍看護婦であった 松島久江さん(津市・故人)が その書を見つけ、戦後 日本に持ち帰ったもので、「書を本間家のご遺族に返したい」という 久江さんの意思を、わたしの父が 平成17年当時 直にお聞きし~

これは、久江さんの夫 重男さん(故人)が、父と同じ 中野学校の卒業者であったこと、また 父が 佐渡出身であったことから、

~久江さんが、平成18年に亡くなられた後、久江さんのご遺族である 政基さんから 佐渡のご遺族へ返されることとなったのですが、ご遺族である本間雅彦さんの願いもあって、佐渡出身で 中野学校卒業の 石塚邦彦さん(西東京市在)に 書が託された形となり、現在 今年12月末まで 遊就館に展示がされているというのが 経緯です。 

0001 この中将の書を、生まれ故郷である 佐渡市で預かりたいという意向で 10月4日 佐渡市長を交えた座談会が 父が現在お世話になっている 老人介護施設「トマト」で行われました。

市長さん(高野宏一郎氏)は、鳥羽市で行われた ごみサミットに2・3日と出席した後、津に寄られ これから松阪へ行き、そこから 4日中に青森へという 強行日程の最中。

出席は、市長さん、書の保持者である政基さん、西東京から来ていただいた石塚さん、父、わたし、そして今回の設営に尽力していただいた 施設の小川事務長さんというメンバーで。

 市長さんから、佐渡の博物館なりで 保管・展示をという申し出があり、ひとつの方向付けがされた形で 散会を。

午前中の2時間という 短い時間でしたが、あらためて 昭和15年に書かれた「大和魂」が 半世紀以上の時を経て語られるということに、深い思いを。

角田房子 著 「いっさい夢にござ候・本間雅晴中将伝」(中央公論社)を 今 読みつつあるのですが、ロンドンの生活が長く 英語も堪能、軍部の起こした戦争には 常に懐疑的だったということです。

武人というより 文人の匂いを漂わせる方だったようで、中学生の頃 新聞の懸賞小説に 応募し当選、「結婚」という題名、失恋をテーマにしたストーリーと伝えられています。

 佐渡といえば、9月25日 放鳥された トキ。10羽のトキが 佐渡の空を 舞いつづけることをお祈りします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)